人工細胞膜システムグループ

たけうちしょうじ先生の顔写真

膜タンパク質は、細胞表面の細胞膜において細胞内外への物質・エネルギー・情報の伝達というとても大切な役割を担っています。一方で、その機能不全は様々な疾患に発展するため、薬剤の重要な標的として考えられています。本グループでは将来の新薬開発の加速と病因究明に役立つ技術を生み出すべく、この膜タンパク質の機能を現在用いられている手法よりも高速に解析できるマイクロチップの研究・開発に取り組んでいます。

期間

  • (創造展開プロジェクト)「バイオマイクロシステム」プロジェクト 2009年4月~2013年3月
  • (実用化実証事業)「人工細胞膜システム」グループ 2013年4月~ 

実施場所

かながわサイエンスパーク(KSP)東棟
神奈川県川崎市高津区坂戸

研究概要

細胞や細胞内小器官を覆っている厚さわずか5ナノメートル(100万分の5ミリメートル)の細胞膜は、その内外を隔てる役割をもつ柔軟な「脂質二重膜」と、膜を通したコミュニケーション(物質輸送や情報伝達・変換)を担う「膜タンパク質」から構成されています。細胞の器となっている細胞膜は、遺伝情報を担うDNA、タンパク質を中心とした代謝システムの2つと並んで生命誕生に不可欠な要素の一つであると考えられ、世界的に研究が進められています。一方で、私たちの生活に関わる分野では、細胞膜は創薬と深いつながりがあります。細胞膜の機能不全、つまり細胞内外への物質輸送や情報伝達がうまく機能しなくなると、その影響は細胞全体に波及して疾患を引き起こす要因となります。こうしたことから、現在使用されている薬剤のおよそ50%は細胞膜が標的となっています。このため、特に膜タンパク質について構造・機能や薬剤との相互作用の解明に力が注がれています。もう一つ、未来の技術として期待されているのが膜タンパク質を使ったセンサです。膜タンパク質は、従来の酸化物半導体を基礎としたセンサに比べて物質検出感度や選択性に優れており、様々な天然・合成化合物を感度良く捉えることができるようになると考えられています。

 このように、基礎研究のみだけでなく私たちの健康や産業分野への利用も考えられる細胞膜ですが、細胞膜の主な機能を担う膜タンパク質のみを取り出して機能を解析したり利用したりすることはこれまで困難でした。膜タンパク質は多くの場合、脂質二重膜に埋め込まれた状態であることが構造の安定性・機能活性の維持にとって重要だからです。つまり、膜タンパク質だけでなく、脂質二重膜も含めて人工的に細胞膜を再構築する必要がありました。そこで本グループでは、脂質二重膜をマイクロチップ上に再現する「液滴接触法」をコア技術とした研究開発を推進しています。さらに、液滴接触法で形成した脂質二重膜に膜タンパク質を組み込むことで「人工細胞膜」のマイクロチップ化を実現し、①創薬支援や②バイオセンサへの応用展開を目指しています。

研究内容

1.  液滴接触法

図1 液滴接触法による脂質二重膜形成の模式図
ヒトの便からの腸内細菌の単離方法

脂質二重膜は、脂質の単分子層が二枚重なった構造をしています。脂質分子は水と油の両方に溶けやすい部分(親水性部分と疎水性部分)を併せ持っているため、水溶液中では親水部を水側、疎水部は内側に向けた二次元の二重膜構造となりやすい性質を持っています。
 私たちが提案した液滴接触法も脂質分子のこの基本的な性質を利用しました。図1に示すように、脂質分子を分散した有機溶媒(油)中に水滴を滴下すると、その表面には脂質の単分子層が自発的に形成されます。さらにこの水滴2つを接触させると、接触した部分は単分子層が重なって平面状の脂質二重膜になると推測しました。このアイディアを実現するには適切な力で水滴を接触させる必要がありました。そこで、直径4ミリの「8」字型のウェルを設計しました。こうしたウェル中では水滴は拘束されるため、その体積に応じた圧力で接触します。水滴量を最適化すると、非常に再現良く平面脂質二重膜を形成できることが分かりました。従来法には、高分子フィルムに針で穴を開け、そこに脂質分子を分散させた有機溶媒を塗布して脂質二重膜となるのを待つ「刷毛塗り法」などがあります。しかし、これらは膜形成の再現性や安定性が低く、研究者の手技に頼るところが大きい手法でした。液滴接触法はこうした問題を解決できたこともあり、オックスフォード大やUCLAをはじめ、各国で類似法による脂質二重膜システムが作られ、広く研究に用いられるようになっています。

2. イオンチャネル創薬支援

図2 イオンチャンネル機能評価システム

液滴接触法で形成した脂質二重膜は、周囲を絶縁性に優れた有機溶媒で覆われているため、液滴間での電気的絶縁性が良好に保たれています。この性質を利用すると、イオンチャネル(イオンを透過させる役割を持つ膜タンパク質)1分子が発する極微弱なシグナル電流(1兆分の1アンペア)を検知することができます。そこで、上述のウェルを並列化し、その底面に電極配線を施したデバイスを作製しました。図2は、作製したイオンチャネル機能評価システムと、カリウムイオンを選択的に透過するイオンチャネルのシグナル電流を並列で観測することに成功した際の結果です。イオンチャネルが開閉し、電流のON・OFFが揺らいでいる様子が分かります。このようなイオンチャネルは心臓を含む筋肉組織や神経などあらゆる細胞に存在しており、化学物質をはじめとした様々な刺激に応じて活性が変化するため、創薬においては重要な標的です。古くから行われているパッチクランプ法と呼ばれる方法でも細胞膜のイオンチャネルシグナルを計測することはできますが、技術的な熟練が必要な手作業であるため効率が悪く、図に示したような並列化や自動化はこれまで実現できていませんでした。現在、本グループが提案するこのシステムをイオンチャネルの動作機構を明らかにするような基礎研究や、化学物質に対するイオンチャネルの振る舞いを調べる創薬研究へと利用すべく、システムの汎用化に取り組んでいます。

 

3. 人工細胞膜センサ

図3 コカインセンサの検出原理

近年、前述のイオンチャネルがもつ優れた機能として、特定の分子を特異的・高感度に検知し、イオン電流として高効率に増幅する点が注目されています。私たちは、液滴接触法により作製した人工細胞膜チップを使って、違法薬物であるコカインを迅速・高感度に検出するセンサを発表しました(図3)。このシステムを用いると、米国乱用薬物精神衛生サービス管理局が定めるカットオフ濃度をわずか60秒で迅速検出できます。また、マイクロチップの構造を工夫することによって残留農薬を検知するセンサを開発し、揮発性の分子検出に応用できることを示しました。本成果にもとづき、現在はNEDO次世代人工知能・ロボット中核技術開発の支援を受け、人検知ロボットのための匂いセンサの開発を行っています。活用する膜タンパク質(イオンチャネル)の出力は電流であるためエレクトロニクスデバイスとの相性が良く、実用的な化学量センサへの応用が期待されています。

4. 人工細胞

図4 シャボン玉法によるリポソーム形成の模式図と高速度カメラ撮影によるリポソーム形成の様子

シャボン玉法(パルスジェット法)は、細胞のような球形状の脂質二重膜(リポソーム)を形成する手法です(図4)。上述の液滴接触法により形成した平面状の人工細胞膜に向かって、ガラス細管の先端からパルスジェット流を吹き当てることで膜を変形させ、シャボン玉を作る要領でリポソームを形成させます。液滴接触法を用いると、細胞類似の非対称膜(脂質二重膜の表と裏が異なる脂質分子組成からなる)を作ることができます。膜の非対称性は細胞の機能に重要な寄与を果たしていると考えられていますが、非対称膜からなるリポソームを作ることは従来の方法では困難でした。しかし、非対称膜に対してシャボン玉法を用いると非対称膜リポソームも容易に作ることができます。細胞を分子レベルから組み立てることでモデル化した細胞を作り、細胞機能・現象を理解するための研究を継続して進めています。

最近の人工細胞膜形成技術の発展により、これまで熟練研究者の手作業で行われていた膜形成はマイクロチップ上で行うことができるようになり、その簡便性や再現性は飛躍的に向上しました。これらの人工細胞膜マイクロチップに対して、膜の構造を細胞膜に近づける研究や複雑な膜タンパク質を組み込む研究も次々と報告されています。近い将来、人工細胞膜研究は技術創出のフェーズから、創った人工細胞膜を活用するフェーズへと移行していくと考えられます。そうした中で、細胞機能・動作機構の解明や病因の特定、新薬開発への応用、超高感度センサの発明など、多くの研究・産業分野への展開が期待されます。

研究員一覧 (氏名 /職制/ 専門分野/ 本務所属機関)

  • 竹内 昌治/グループリーダー/MEMS、ナノバイオテクノロジー/東京大学
  • 大崎 寿久/サブリーダー/有機・高分子材料化学、 表面・界面科学、物理化学
  • 三村 久敏/常勤研究員/生化学、構造生物学
  • 高森 翔 /常勤準研究員/ 生物物理学、ソフトマター物理学
  • 三木 則尚/非常勤研究員 /知能機械学・機械システム/ 慶応義塾大学
  • 早川 正俊/非常勤研究員/電子工学、磁気工学、メカトロニクス/横浜国立大学横浜国立大学
  • 杉浦 広峻/非常勤研究員/MEMS、機械システム/東京大学
  • 神谷 厚輝/非常勤研究員/バイオマテリアル、生物物理学、細胞工学/群馬大学