酒米のタンパク質含有率推定システムの開発|KISTEC NEWS online #4
KISTEC 企画部 櫻井 正己、事業化支援部 廣川 隆彦
千葉大学大学院 園芸学研究院 濱 侃
泉橋酒造株式会社 橋場 友一、犬塚 晃介
日本酒の消費量は嗜好の変化等により年々減少していますが、純米酒や純米吟醸酒といった高品質なものでは増加傾向が見られ、品質志向が高まっています。高品質な日本酒は、玄米の外側を削る量を多くする、即ち残る米の割合である精米歩合を小さくすることで、日本酒の雑味の元となる酒米に含まれるタンパク質の量を減らしています。この研究は、酒米に含まれるタンパク質の割合を収穫前に把握し、その情報を酒造りに活用した新しい日本酒醸造方法の確立を目指しています。本研究はKISTEC が千葉大学および泉橋酒造株式会社と共同で実施しているもので、泉橋酒造株式会社は、海老名で米作りを背景に江戸時代の安政4 年(1857 年)に創業し、太平洋戦争を境に一時稲作から離れていましたが、1996 年から本格的な酒米作りを再開し、現在も近隣の地区で栽培した酒米を用いて酒造りを行っています。
目次
KISTEC NEWS online #4|vol.33(2025年10月発行) 研究紹介
研究内容・成果
酒米に含まれるタンパク質の割合(タンパク質含有率)は、稲がタンパク質の元となる窒素を吸収した量が多い程大きくなり、吸収した窒素が多いほど葉に含まれる葉緑素の量も大きくなります。このため、葉色など生育状況データとタンパク質含有率は相関があり、これまでもカラーチャート等により手作業で窒素吸収量は評価されていましたが、広い圃場の生育状況を、一筆ずつ手作業で測定することは難しいのが現状です(写真1)。
そこで、本研究では、マルチスペクトルカメラを搭載したドローンを用いて、広範囲かつ短時間で取得した稲の活性度に関わるデータ(植生指数:NDVI, GNDVI)※1から玄米に含まれるタンパク質含有率を推定するモデルの作成に取り組みました。
まずは、タンパク質含有率推定における観測の適期を検討するために、酒造好適米である楽風舞と山田錦の2品種について出穂期から収穫期直前までの間に6回ドローンによる観測を行いました(写真2)。そして、これらのデータと当該圃場から酒米を収穫後に採集・分析したタンパク質含有率との関係を調べました。
楽風舞について植生指数とタンパク質含有率の相関を表すモデル式の決定係数(R²)を調べた結果、出穂期から日数が過ぎて収穫期に近くなるにつれて相関が高くなり、出穂後35日の成熟期でR²が最大となりました(図1)。
その後、収穫直前にR²が低下しますが、これは稲の黄化によって植生指数の個体差が小さくなり、個々の稲の生育の違いを植生指数により観測することが困難になったためと考えられます。また、推定モデル式による推定値と実際のデータとの偏差を調べ、平均絶対パーセント誤差(MAPE)※2を算出しました。MAPE ではR²と同様に成熟期の誤差が小さくなる傾向が見られましたが、MAPE が5% 程度であれば酒造りに活用できると見込んでおり、出穂期でも4% 程度で実用レベルであることが確認できました(図2)。
山田錦でも、成熟期の途中で台風接近による倒伏の影響とみられるR²の低下とMAPE の増加があったこと以外は、楽風舞と同様の傾向が見られました。倒伏しやすい品種である山田錦も対象とすると出穂期以降のなるべく早期のドローン観測が望ましいことがわかりました。
以上の成果を踏まえて、ドローン観測で推定したタンパク質含有率を酒造計画に活用する実証を進めています。
研究・開発で苦労した点
ドローンで撮影した複数の写真を実際の圃場の位置が分かる地図データと重ね合わせて、推定したタンパク質含有率を表示するシステムを実現するには専門的知識が必要であるため、実際に酒米を栽培したり、日本酒を製造する事業者がシステムを管理するのは困難であることが大きな課題でした。そこで、IT企業である株式会社エヌデーデーに依頼して、ドローンで撮影したデータをアップロードして簡単な操作によりタンパク質含有率でランク分けした圃場を表示するタンパク質含有率マップ(図3)を作成できるクラウドシステムを開発してもらい、現在、その試用を行っています。
研究・開発の成果がどのような分野で役立つ可能性があるか
この酒米のタンパク質含有率マップを収穫前の早い時期に作成することで、ランクを合わせて圃場を選択して収穫することができるため、タンパク質含有率の高低に合わせた酒質設計が可能となります。例えば、タンパク質含有率が低い酒米だけを収穫すれば、雑味の少ない軽やかで繊細な風味の日本酒を造ることができるなど、高品質化やブランド化に繋がることが期待されます。
KISTEC NEWS online #4|vol.33(2025年10月発行) 研究紹介
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